座右の銘は「何苦楚(なにくそ)」怪童・中西太

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    中西太。1933年生まれ。西鉄ライオンズ(1952~’69年)。
    1999年野球殿堂入り。

     

    高松第一高等学校当時から豪快なバッティングで「怪童」と呼ばれた中西。ファイトあふれる三塁守備と走塁も特徴で、そのプレースタイルのため前歯は3本折損していた。
    引退後の指導者としての評価も高く、教え子の田口(オリックス)、岩村(楽天)の座右の銘「何苦楚」は受け継がれている。

    同じ写真を使ったメンコ。右のピンクのバックの一品はユニフォームの色も完全に無視した斬新なデザイン


    右の写真の左手人差し指のサポーターが気になる。裏面を見ると5.7尺、24貫。ガッチリ体形ですね、よくわからんけど

    というわけで、本日4月11日は1933年に中西太が生まれた日であります。

    64年前、分厚い壁を破った男ジャッキー・ロビンソン

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      ジャッキー・ロビンソン。1919年生まれ。ブルックリン・ドジャース(1947〜’56年)。
      ’62年野球殿堂入り。’72年没(53歳)。


      野球ファンでこの人の名前を知らない人はいないだろう。黒人初のメジャー・リーガーである。ジャッキー・ロビンソンが付けていた背番号42は、現在ではメジャー全球団で永久欠番となっている。

      これは友人から譲り受けた貴重なベースボール・カード。左は’54年のものでポジションはサードと表記されていて、右のものは’56年引退の年のカードで、ポジションは外野手と記されている。セカンドのイメージが強いだけに、この2枚は晩年のロビンソンを象徴するカードとなっている。


      これは’97年にロビンソンのデビューから50年を記念してメジャーリーグ全選手がユニフォームの袖に「50TH BREAKING BARRIERS」のパッチを付けた。右はそのレプリカで、左はその年あらゆる記念の商品が発売されたものの中のひとつの腕時計


      これは球場で配布されたフィギュア。裏を見るとリミテッド・エディションとなっているが、作られた数は36560個となっている。多すぎです。


      というわけで、本日4月10日はドジャース傘下のマイナーに所属していたジャッキー・ロビンソンが、黒人で初めてメジャー・リーグに昇格することが発表された日です。初めてプレーしたのは開幕戦の4月15日。

      遊撃手の概念を変えた鉄人、カル・リプケンJr.

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         カル・リプケンJr.。1960年生。1981~2001年 ボルチモア・オリオールズ。
        2632試合連続試合出場の記録を持つ。


        今でこそバッティングが優れた大型遊撃手は多くなったが、リプケン登場以前は少々打撃に難があっても守備力に優れた小柄な、いわゆる「オンリー・レザー」と呼ばれる選手が守ることが多かった。リプケンの通算安打は3184本、本塁打は431本とそれまでの遊撃手は守備の人という概念を大きく変えた。ただ、リプケンの場合は守備も名手で、ゴールデングラブ賞こそ2回の受賞にとどまったが、生涯守備率は.979で天然芝を本拠とする遊撃手としては歴代1位。でも私はオジー・スミスの華麗でアクロバティックな守備の方が好きだったけど。

        SGA(STADIUM GIVE AWAY)と呼ばれる、球場で配布される物の代表格のバブル・ヘッド。
        ボビンヘッドとも言う。


        S.A.M.社製の大型フィギュア。1996年、衣笠の2215試合連続出場を抜いた年に発売されたもの


        というわけで、本日4月9日は2006年に金本知憲(阪神)がリプケンの904試合連続フルイニング出場の記録を抜いた日です。

        20勝して新人王に選ばれなかったルーキー梶本隆夫

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          梶本隆夫。阪急ブレーブス(1954~'73年)。
          2006年9月23日没(71歳)。2007年野球殿堂入り。


          1954年、阪急のルーキー梶本隆夫は55試合に登板し20勝12敗の好成績。もちろん新人王かと思いきや南海の宅和本司は26勝9敗、防御率1.58という驚異的成績で新人王はそちらに。その後も20勝以上を3回記録するが、いずれもタイトルは獲れなかった。さらに15連敗という記録や200勝する前に200敗したり、通算成績254勝もしているのに255敗もしてひとつ負け越しと、同僚の米田哲也と比べると地味な印象の名投手。そして私の記憶では地味な阪急の監督。


          モノクロだが、この紺に白の縦縞のユニフォームは1951〜’54年に使用していたデザイン。
          ということは、これは’54年のルーキーシーズンの写真で、いわゆるルーキーカード


          左下の大洋・桑田のユニフォームは1960年からのもの。梶本の阪急のユニフォームは’59年までのもので、おそらく’60年頃に刷られたスタンカも入ったアンカット・シート


          ヒゲの落書きがあしらわれた一品。イメージ通りのヒゲです。
          右はメンコの裏面。メートルは「米」でキロは「K」。そして「地雷」

          というわけで、本日4月8日は無冠の大投手、梶本隆夫が1935年に生まれた日であります。

          世界のホームラン王といえば王貞治と、この人ハンク・アーロン

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            1974年4月8日のブレーブス対ドジャース戦、ブレーブスのハンク・アーロンが放ったホームランは通算715号、ベーブ・ルースの通算ホームラン記録を塗り替えた。


            その後引退までに755本のホームランを積み重ね、2007年にバリー・ボンズに抜かれるまでメジャー記録。だが、この薬物疑惑のあるボンズの記録は認めるべきなのか? アスタリスク付きというのが妥当なんだろうな。どう考えてもシーズン73本は打ちすぎです。マグワイアの70本もね。

            王貞治ファンの私は1975年の王vsアーロンのホームラン競争、’77年の王貞治756号の時の日本中の熱狂が忘れられない。
            そして、アーロンが缶コーヒーのCMで王さんと共演したのも衝撃でした。

            これは1958〜’60年に販売されたHartland Statue。19選手作製されたプラスチック製のフィギュアで、アーロンは’58年に発売。24歳当時の姿はさすがにスリム。通算240盗塁もうなずける

            ただ、このベースに被さるように構えるフォームのため、自立せず。フィギュアとしてのバランス悪すぎです

            すぐに倒れてしまうため、一度前のめりに倒れた時にひさしが木っ端みじんに。
            接着剤で修復してあります(泣)

            ということで、明日4月8日は1974年にハンク・アーロンがルースの通算ホームラン記録を塗り替える通算715号を放った日です。


            衣笠以前の鉄人はこの人。仏の徳さん。

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              飯田徳治。南海ホークス(1947~1956年)ー国鉄スワローズ(1957~1963年)
              1981年に野球殿堂入り。2000年6月19日没(76歳)

              打率3割を超えたシーズンが4回、40盗塁以上が6回、ベストナイン5回、ワンバウンド捕球に長けた名一塁手。だったらしい。私が生まれる前年に引退しているので、もちろん現役時代を見たことはない。
              私が飯田徳治の名前をよく聞いたのは1980年のこと。8月4日に衣笠祥雄(広島)が飯田の持っていた1246試合連続出場の日本記録を抜いた頃だった。

              ボロボロだが、まだ若い頃の徳さん

              今で言うところのDie-cutカード。ヌキ型のこの2枚はなかなかリアルなイラストで
              特に右のは良く似てらっしゃる

              右のメンコには似せようという気概がまったく感じられません
              もしや、描いた人も飯田徳治を見たことなかったか?!

              ということで、本日4月6日は1924年(大正13年)飯田徳治が生まれた日であります。


              長嶋茂雄の第一歩

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                今から53年前の昭和33年(1958年)4月5日、長嶋茂雄が巨人軍のユニフォームに身を包みプロ野球選手としてのスタートを切った。結果はご存知の通り、国鉄スワローズ・金田正一投手相手に4打席4三振。


                このスーパースターの出現はメンコの世界にも大きな影響を与えたようです。これまでメンコの図柄は主にイラストで、写真はブロマイドとして売られていたのですが、長嶋デビューと同時にモノクロ写真に色を着けたメンコが主流になっていったんですね。
                やはり当時の子ども達はイラストより写真で、長嶋茂雄をより身近に感じたかったんだろうね。テレビの普及も大きな一因だったのかな。

                私が野球コレクションを分類する場合、長嶋デビュー以前、長嶋現役時代、長嶋引退後と3時代に分けるんだけど、野球関連の商品はこのそれぞれの時代で明確な違いがあって非常に面白いんです。
                長嶋以前のモノは本当にレトロ感満載で、ここが私のコレクションのメインです。
                長嶋現役時代は王貞治など多くのスターが登場し、テレビ時代に突入したこともあり、数多くの商品やノベルティが作られた。野球モノ黄金時代ですね。
                そして、長嶋引退後のモノにはあまり興味が湧かないんだよね。何でだろ? 王貞治ファンで9歳の私にとって、長嶋引退はあまり影響無いように思うのですが、昭和50年の長嶋監督就任と同時に巨人のユニフォームが変わったのは大きかった。私の中のノスタルジーは昭和49年までなんです。



                こんな感じで本日から始めたこのブログ。今後もコレクションの中から、その日に因んだ野球モノを紹介していきたいと思います。
                なるべく毎日更新を目指したいと…。
                なるべく、ですよ。


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