【ボビンヘッド その17】ウィリー・メイズ

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    ウィリー・メイズ(Willie Mays)
    1931年生まれ
    ニューヨーク・ジャイアンツ - サンフランシスコ・ジャイアンツ(1951〜’52年、’54〜’72年)/ニューヨーク・メッツ('72〜’73年)
    1979年アメリカ野球殿堂入り



    本日は"1961-62 Caricatures Baseball"シリーズからウィリー・メイズのボビン・ヘッドをご紹介。
    このメイズには肌の色で「Dark」と「Light」が存在するのですが、こちらはおそらく「Light」。肌ツヤよろし!



    通算660本塁打、1951年新人王、ゴールドグラブ賞12回、本塁打王4回、盗塁王4回の万能プレイヤー。オールスターにも20年連続出場し、ヤンキースのマントルと並び’50~’60年代のメジャーを代表する外野手。というか、歴代ベストナインに必ず入ってくる選手です。



    メイズには今も語り継がれるひとつのプレーがある。
    ’54年の対クリーブランド・インディアンスとのワールドシリーズ第1戦、2対2で迎えた8回表ノーアウト一、二塁でインディアンス・ワーツの放った大飛球はセンターを守るメイズの遥か後方へ。
    この試合が行われたジャイアンツの本拠地ポロ・グラウンズは、元々ポロ競技用に作られたもので野球をやるにはあまりにイビツ。センターのフェンスまではなんと147.2メートルもある。
    メイズは振り向くことなく落下点まで全速力で走りに走り、向こう向きで肩越しに捕球するや、素早く反転して内野に送球。ジャイアンツの絶体絶命のピンチを救った。結局この試合をサヨナラ勝ちでものにしたジャイアンツが、劣勢との下馬評を覆し4戦全勝でワールドチャンピオンに輝いた。
    このプレーは捕球の瞬間が写真に収められていたこともあり、50年以上経った今でも「ザ・キャッチ」と呼ばれ語り継がれている。



    というわけで、本日は1961〜’62年に発売された"1961-62 Caricatures Baseball"シリーズの中でウィリー・メイズをご紹介しました。
    このシリーズには、もう一種類ロベルト・クレメンテがあるのだが、生産数が少なく、オークションでたまに目にしても、ちょっと手を出しづらい高額で取引されています。もちろん持っていません。残念。いつかは……。


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