イカリ肩の左腕エース 高橋一三

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    高橋一三(たかはし・かずみ)
    1946年生まれ
    読売ジャイアンツ(1965~’75年)/日本ハムファイターズ(’76〜’83年)

     


    今でこそ普通に使われる「左のエース」という呼称は、巨人のエース・堀内恒夫に対しての高橋一三に初めて使われたものらしい。
    巨人時代に2度の沢村賞を受賞していた“左のエース”高橋一は、1976年に富田勝と共に日本ハムの主砲・張本勲とトレード。
    日ハム時代は怪我に泣かされ二ケタ勝利が2度に終ったが、’81年には14勝でリーグ優勝に貢献し、古巣・巨人との日本シリーズに2試合先発した。
    私の中の高橋一三はといえば、巨人の背番号21。この「21」は、堀内が新人のときに1年だけつけた番号を受け継いだもの。高橋一三が移籍した後も、巨人では宮本和知や高橋尚成など左腕の好投手がつけるイメージが強いんだが、調べてみたら加藤初や木佐貫洋など右投手もいるか。オレの思い込みかね、これは。


    ’73年バット版#43「練習熱心な高橋(一)投手」
    時には腕が抜けてしまうんじゃないかと思うほど投げ込むと書かれている。さすが左のエース!


    ’73年旗版#163「巨人を支えるな高橋(一)投手」
    このカードが刷られた時には「右のエース堀内投手がコケて勝率5割ラインをさまよう巨人軍…」。しかし、終ってみれば高橋一三はこの年24勝、巨人は大逆転でV9を達成したのだが(次のカードに続く…)


    ’73年旗版#345「巨人セ・リーグ九連覇成る!」
    ’73年シーズンの阪神は、残り対中日と対巨人の2試合でひとつ勝つか引き分けで優勝という状況。しかし阪神は中日に逆転負け。ペナントの行方は巨人-阪神の最終戦、勝った方が優勝という大一番となった、のだが……。勝負は9-0で巨人があっさりV9達成。この写真は完封勝利の高橋一三が急いでベンチに逃げ帰っているところ。試合終了と同時に阪神ファン3000人が暴徒と化したからだ。しかし、もっと驚くのは中日戦の前に球団に呼ばれた中日戦先発予定の江夏豊は、「勝ったらお金がかかるから勝たなくていい」と言われたと後に証言。当時の阪神球団の酷さがよくわかるエピソードである。って、最後は高橋一三じゃなくて阪神の話しになっちゃったよ


    というわけで、本日6月9日は高橋一三65歳の誕生日でありました。

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