昭和25年の大判カード/スタルヒン・大下・別当・藤村・西沢・藤本

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    またまた久しぶりの更新ですが、今回は1950年(昭和25年)製の大判野球カード。
    これは、雑誌の付録なのか、何かの景品なのか、
    はたまたこれ自体を売っていたのか、定かではありません……。

    いずれにせよ、裏面の文章を見ると、子ども向けに'50年のシーズン前に作られたもののようであります。

    大きさは15僉10.5僂らいで、ものによって大きさが1儷瓩小さかったり、
    縦横が直角じゃなかったり良い味醸し出してます。
    60年以上前のものとしては非常にきれいな状態です。


    1950年というと、セ・パ2リーグ制になった年で、
    このころはメンコやカードが非常に多く作られていた時期です。








    スタルヒン投手(大映=スターズ)
    このとき34歳、前年'49年は27勝17敗で最多勝、通算では252勝を挙げており、
    このカード裏面の文章も「ことしもすごいピッチングがみられるでしょう。」
    と締められています。
    実際は11勝15敗と負け越し、“すごいピッチング”とはいかなかったようであります。







    西沢内野手(中日=ドラゴンズ)
    復員した’46年途中に金星に移籍していた西沢でしたが、
    投手から一塁手に転向し’49年にドラゴンズに戻ると、
    .309、37本塁打、114打点と主砲として戦後のドラゴンズを支えた。
    このカード裏面には、“忠彦にいさんが野球のうまいひとでしたから、西沢選手も十才ごろから、バットのふりかたをならいました。”とか、“二十四日間に11本のホームランをはなったこともファンにはわすれられないことです。”また、小学校五年生で身長が163センチもあったことなどが記されております。
    で、この裏面文章は“忠彦にいさんはなくなられましたが、はげましのことばを心にきざんでいる西沢選手は、ますますりっぱなホームラン打者になるでしょう”と、忠彦にいさん押しで締められております。







    大下外野手(東急=フライヤーズ)
    裏面の文章を抜粋すると、“終戦後の各選手のホームランの数をあわせてみると、大下選手が91本で、だんぜん第一位です。”や、“うて! 大下選手! ことしこそ大ホームランを、つぎつぎと、かっとばしてください!”と、当時のちびっ子たちの青バットに対する期待や憧れが感じられますね。







    藤村内野手(阪神=タイガース)
    裏面には“きょねんのシーズンで、ホームラン王そのほか四つの、かがやかしい賞を受けた……”とあります。これは187安打で最多安打、46本で本塁打王、142点で打点王と、366で最多塁打の四つですね。366塁打は当時の最多記録でしたが、翌’50年に小鶴誠が376塁打を放ち抜かれている。ただ、未だに歴代2位の記録であります。
    そして、“小学校にはいるまえから、弟の隆男君(阪神)やちかくにいた柚木君(南海)と野球をやりました。”のくだり、藤村富美男が小学校に入るまえかぁ。弟の藤村隆男と柚木進は藤村富美男の4つ年下であります……。一緒にやってた隆男君と柚木君の方が凄いね。







    藤本投手(巨人=ジャイアンツ)
    裏面は、“二十四年度シーズンの巨人軍優勝に、大きな力となった藤本選手は、とくいの「スライダー」で24勝7敗という、すばらしい成績をあげ、はえある沢村賞をさずけられた最優秀投手です。”という文章で始まっております。
    確かにこの'49年の成績も凄いのですが、なんといっても入団2年目の'43年の34勝11敗、防御率0.73、完封19試合。この年の防御率、完封試合数は現在でもシーズン最高記録。完封数は不滅だろうな。
    そして、通算の防御率が1.90、通算勝率が.697という凄さ。もちろんこれらも歴代1位です。
    あと、裏面文章の中に気になるフレーズが。“「魔の球、スライダー」をうみだして、……”。“魔の球”……。これから使っていこう。“魔球”よりも妖しげでよいね。









    別当外野手(毎日=オリオンズ)
    なんか他の選手と比べて不自然な写真であります。帽子は黒く塗りつぶされ、名鑑用の写真のようなポーズ。
    このカードが作られた前年、阪神でデビュー2年目の’49年に.322、39本塁打、126打点の大活躍、しかしこの年からは新球団の毎日オリオンズに若林、土井垣、本堂、呉らとともに移籍したため、オリオンズのユニフォーム姿の写真が無かったようである。
    資料を探しても、このデザインのユニフォームは存在せず、プロトタイプでこれに似たものがあったようだが、それも袖のラインがもっと太いものが2本、左袖だけに入ったもの。
    写真に手が加えられていると考えるのが自然かな。



    というわけで、今回は1950(昭和25)年、2リーグ制が始まるころに作られた大判カードをご紹介しました。

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