1954年「おもしろブック」附録かるた

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    今回は1954(昭和29)年、「おもしろブック」新年特大号の附録の「大野球かるた」。

    外箱は裏面にベーブ・ルースの写真があったりして素晴らしいデザインでありますが、

    痛みが激しいのがなあ。残念ですね。

     



    前年の1953年シーズンは、水原巨人が3連覇を果たし、

    豊田泰光が中西太に続き2年連続で西鉄からの新人王に輝き、藤村富美男が二冠王を獲得した年。

    来たる'54年シーズンは西鉄が初のパ・リーグ覇者になり、中日が初の日本一に輝くことになる。

    そんな時代に作られたかるたであります。









    「三十勝 あとひといきだ がんばれ大友」

    前年27勝(6敗)を挙げたため読み札はこんな文句に。このシーズンは21勝(15敗)にとどまったが、

    '55年には見事30勝(6敗)を挙げることとなります。







    山本一人、水原茂の名将そろい踏み。







    「きかん坊 みているような 土井垣武」

    わんぱくだね、「和製ヨギ・ベラ」は。







    この'54年当時、完全試合を達成したことのある投手は'50年の藤本英雄ただひとり。

    次に達成することとはるのは'55年の武智文雄。

    現在まで15人の投手がそれぞれ一度達成しているが、

    最後に達成したのは'94年の槙原寛己。あれから20年、そろそろ見てみたいものであります。







    なんかここら辺から絵札と読み札が合わなくなってきたぞ。

    まあ、使うときは切り離すからいいんだろうけど、

    コレクション的にはやはり合っていてほしいぞ。







    少年・金田。このとき金田正一20歳、すでに通算77勝挙げております。

    凄すぎる。







    「のっぽの杉下」「でかちゃん杉山」!







    「逆シングルの白石勝巳」、後に広島監督時代の'64年に、

    あの王シフトを考案した選手であります。







    スタルヒンはこの年高橋ユニオンズで8勝(13敗)を挙げ、300勝まであと4勝と迫った。

    最後の年となる'55年は7勝(21敗)で、通算303勝で引退した。







    あれ? 同じ読み札が2枚入ってるよ……。

    そしてこの千葉茂、西沢道夫、黒尾重明、阿部八郎の読み札が無い。

    セットミス……。無念!





    そんなわけで、今回は1954年1月発行の「おもしろブック」新年特大号の附録。

    「大野球かるた」をご紹介しました。


    TwoThreeホームページ
     

    【野球のかるた】鈴木出版野球かるた・その3

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      本日も1956〜’57年に発売された、鈴木出版の「野球かるた」をご紹介。



      「さくせんは こうしてああして わしのかち」
      国鉄スワローズ監督・宇野光雄。
      確かに1956年に監督就任してから、それまでの最高が5位だったスワローズを4年連続で4位という快進撃(笑)! 
      スワローズが初めてAクラスに入るのは、宇野が監督を辞めた翌年’61年に砂押監督で3位……。
      まあ、金田正一ひとりのチームだったことを考えると、作戦をああしてこうしなきゃ戦えなかったんだろうな。



      「しあいこうしゃの山本かんとく」
      こちらの監督、南海の山本(鶴岡)一人は正真正銘の名監督。
      1946〜’68年の23年間もない位階の監督を務めた“ドン鶴岡”。
      2リーグ分裂後のリーグ優勝は11回で、そのうち日本一が2回。
      2位が9回で、3位以下は'67年の4位が1回あるのみ。
      まさに昭和の名監督!



      「すましたかおして いいあたり」
      これ、誰でしょう? どなたか教えてください。

      「おいても戸倉は がいやをまもる」
      戸倉勝城は、35歳でプロ入りした'50年代阪急の4番打者。
      「おいても」は「老いても」ってことですね。
      '55年には40歳で打率.321の事故最高を記録。
      ’55、'56年と2年続けてベストナインに選ばれている。

      今回は3回に分けて「鈴木出版野球かるた」のご紹介でした。


      【野球のかるた】鈴木出版野球かるた・その2

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        昨日に引き続き1956〜’57年に発売された、鈴木出版の「野球かるた」をご紹介。


        「ねばれねばれとベンチでおうえん」
        って、これは「プロ野球ニュース」でもおなじみ佐々木信也ではありませんか。
        しかもベンチで応援というより、すっかり寛いじゃってます。
        そして、高橋ユニオンズはこのかるたができた'56年をもって解散いたしました。



        「なんかいのホープ杉山せんしゅ」
        杉山光平は1952年に近鉄パールス入団、'55年には南海ホークスに移籍しクリーンアップに名を連ねた。'59年には打率.323で首位打者に輝いている。



        「くればもらうぞバルボンせんしゅ」
        ダハハハ〜! バルボン! その構えでええんか〜い!
        さすがチコ! 生粋の関西人(笑)!
        あ、チコとはバルボンの愛称です。


        明日も「鈴木出版野球かるた」の続きを。


        【野球のかるた】鈴木出版野球かるた・その1

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          本日から3回に分けて1956〜’57年に発売された、鈴木出版の「野球かるた」をご紹介。
          長嶋茂雄がデビューする少し前、川上哲治晩年のころのものです。



          「はりきる武智のかんぜんしあい」
          武智文雄は’50〜’62年に近鉄で通算100を挙げた投手。
          '54年には26勝15敗で最多勝、'55年6月19日対大映ダブルヘッダーの第2試合で完全試合を達成。これは'50年の藤本英雄に続き史上2人目の達成でした。



          「ちゃんすにつよいきょうだの大津」
          大津とは、’56〜’61年に阪神に在籍した大津淳外野手。
          入団1年目から外野のレギュラーとなり、’56〜'58年は田宮謙次郎らとクリーンアップに名を連ねた。



          「わかものよおれにつづけ岩本かんとく」
          岩本義行は「神主打法」で鳴らした外野手で、1954年に一旦引退するが、'56年に選手兼監督として東映フライヤーズに復帰した。明治生まれ最後の現役選手で、'57年に45歳5ヶ月で放った本塁打は現在でも史上最高齢本塁打記録。

          というわけで、本日から3回に分けて鈴木出版んの「野球かるた」を紹介していきます。



          「天秤打法」近藤和彦

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            近藤和彦(こんどう・かずひこ)
            1936年生まれ
            大洋ホエールズ(1958〜’72年)/近鉄バファローズ('73年)
            2002年没(66歳)



            明治大学時代は立教大・長嶋茂雄と同期で、1958年に大洋に入団。
            大学時代は主に一塁を守っていたが、プロ入りすると1年目から外野のレギュラーとして規定打席期に達し、打率.270、13本塁打、37打点の成績を挙げる。
            新人としては立派な成績だったが、新人王長嶋の打率.305、29本塁打、92打点と比べてしまうと、やはり見劣りしてしまう。
            3年目の’60年に初めて3割を超えると、生涯6度の3割超えを記録。'65年には152本で最多安打に輝くが結局首位打者は獲れず、2位が4度で、そのうち’60,'61年の首位打者が長嶋だったことを考えると、スーパースターと同い年の不運を憂いたこともあったろう。



            近藤和彦は’60〜’68年まで9年連続でオールスターゲームに出場しているが、'63年の第1戦にパの切り札稲尾(西鉄)からオールスター史上初のサヨナラ本塁打を放ちMVPに選ばれている。
            また、オールスターでの9試合連続安打は、2000年にイチローに抜かれるまで最長記録。オールスターでの通算.338と高い打率を残している。



            近藤和彦といえば「天秤打法」。
            両手を放してバットを握り、頭の上に水平に構える例のアレである。
            しかし、あんなに有名なフォームなのに、誰もが近藤和と認識するあのポーズのメンコが一枚も持ってなかった! 何故だ?! 近藤和といったら“天秤”だろ、テ・ン・ビ・ン!
            頼むよぅ。


            近藤和彦は外野を守ったのが1309試合、一塁で695試合出場している。
            優勝した’60年は118試合で一塁を守り、3番・ファーストとして貢献した。


            というわけで、本日3月2日は近藤和彦が1936年に生まれた日でありました。


            【野球のかるた】ベースボールかるた その3

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              本日も1950年代後半に作られた「ベースボールかるた」をご紹介。



              「まってたと右翼へひっぱる」
              浪華商(大阪)で山本八郎と共に猛打を振るっていた坂崎和彦は1956年に巨人入団。’58年からレギュラーとなり、’59年からはクリーンアップを打った。長嶋茂雄のサヨナラ本塁打で有名なあの天覧試合でも、王貞治とともに本塁打を放っております。



              「王座をかけた右腕のさえ」
              えーっ! そこの「を」?! 私にはこの札は拾う自信がありません。「をのじは ことばの あとにつく」って注意書きがありますが、そもそも何故「を」の札を作っちゃったんだろ? 数合わせか。



              「ルーキーで活躍近藤選手」
              近藤和彦は’58年に明治大学から大洋ホエールズに入団、「天秤打法」は当時の少年たちがこぞって真似た打撃フォームでありました。自他共に認める鈍足だったらしいが、’61年に35盗塁で盗塁王に。どんだけ凄い盗塁技術を持ってたんでしょ?


              というわけで、1958年か’59年に作られた「ベースボールかるた」でした。

              【野球のかるた】ベースボールかるた その2

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                本日も1950年代後半に作られた「ベースボールかるた」をご紹介



                「ただひとりうちまくる小玉三塁手」
                当時、万年最下位だった近鉄は、1959年から千葉茂が監督となり、名称も「近鉄パールス」から「近鉄バファローズ」と勇ましく変更。しかし、’60年代に入っても弱いまま、’61年には103敗というリーグ敗戦記録を作りました。そんな中にあって、小玉明利は常に3割前後の打率を残し、’57年に野手に転向していた関根潤三と共に貧打の「ピストル打線」を支えました。



                「ぬかんとするあたりをよこっとび」
                広瀬叔功はこのころはまだ遊撃手。「1番ショート、広瀬」で定着しておりました。’61年に小池憲司(浜松商〜専修大)が入団すると、’62年から「1番センター、広瀬」に。

                「ノン・プロから大洋に入って大ふんとう」
                この鈴木は、’58年に川崎トキコから大洋に入団(長嶋茂雄と同年入団)した鈴木隆。このルーキーイヤーに15勝(18敗)を挙げております。
                ところで、「トキコ」って会社は2004年に日立製作所に買収された自動車部品メーカーらしい。可愛い社名です。



                「ハワイからきたラドラ」
                怪獣映画みたいですが、’58年東映に入団したこのラドラ、マイナーもメジャーも経験無いアマチュア選手あがりでしたが、1年目からオールスターに出場するなど活躍しました。スペイン、ポルトガル、フィリピン、中国の血が入っていたといいます。


                というわけで、続きはまた明日。

                【野球のかるた】ベースボールかるた その1

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                  本日から3回に分けて1950年代後半に作られた「ベースボールかるた」をご紹介します。



                  「うってうってうちまくる」中西の写真が、なぜか本塁突入の画。中西の豪快なバッティングフォームでよかったと思うが。



                  「くさいボールはファールをうちあげ」この南海・杉山は、我が静岡県出身の「円月打法」杉山光平外野手であります。このかるたが作られた当時1959年に打率.323で首位打者に輝いた好打者でありました。唯一の静岡大(当時は静岡師範)出身プロ野球選手。



                  土橋正幸といえば「怒りん坊」のイメージがありますが(私だけか?)、先日も「マウンドでガッツポーズはやめなさい」と注文つけておりました。どうなんでしょうか? 私はおおいに結構だと思いますけどね。ただ、あんまり相手を怒らすような態度だと、怖〜い報復が待っているかもしれませんのでご注意。メジャーリーグでは不文律で過度な感情表現はご法度となっております。


                  ということで、続きはまた明日。

                  【野球のかるた】新野球かるた その3

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                    本日も昨日に引き続き1949~’50年発行『新野球かるた』をご紹介。



                    千葉のポーズが鉄壁すぎる。

                    「軽妙な プレー宮崎 二塁トス」
                    この軽妙にプレーしている宮崎とは、この年阪急に在籍した宮崎剛。この宮崎、プロ野球3球団に在籍し、途中1年だけ存在したもうひとつのプロ野球「国民リーグ」にも所属しており、この時代の目まぐるしい球団名の変更も重なり、履歴が非常に煩雑であります。書きだすと↓
                    大阪タイガース - 阪神軍 - 大阪タイガース(1940〜’41年、’46年)/宇高レッドソックス - 熊谷レッドソックス(’47年)/阪急ブレーブス(’48〜’49年)/大洋ホエールズ - 大洋松竹ロビンス - 洋松ロビンス - 大洋ホエールズ(’50〜’55年)
                    ふぅ〜。







                    「慎重に 白石ベンチの サインうけ」
                    白石勝巳はこのかるたが作られた’49年まで巨人、翌’50年から広島に在籍した“逆シングルの名遊撃手”。広島監督時代には「王シフト」を考案したことでも有名ですね。

                    というわけで、1949~’50年発行『新野球かるた』でした。

                    【野球のかるた】新野球かるた その2

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                      本日も昨日に引き続き1949~’50年発行『新野球かるた』をご紹介。



                      「二-三(ツウスリー) 黒尾苦心の ピッチング」
                      黒尾重明はこれが作られた1949年まで東急フライヤーズ、翌’50年からは近鉄パールズに所属した投手。読み札の「苦心のピッチング」は成績を見れば想像がつきます。現役10年間で勝ち越したシーズンは3回あるが、19勝18敗(’47年)、19勝18敗(’48年)、14勝11敗(’53年)といずれも負け数が多く、2勝2敗、3勝3敗とタイの年があり、あとの5年間は負け越し、通算でも99勝121敗と100勝まであとひとつまで迫ったが、最終年は無勝利に終った。在籍した球団が10年間すべてBクラスで4度の最下位と、弱小だったのは不幸であった。



                      「柚木投げて 南海ナイン 奮いたち」
                      1948年に南海ホークスに入団した柚木進投手はルーキーイヤーの19勝11敗を皮切りに、入団から7年連続二桁勝利。9年の現役生活で6度の優勝に貢献した。ただ19勝したシーズンが4度あるのに、とうとう20勝には届かなかった。通算123勝64敗。



                      「ノンステップ サード手塚の 好送球」
                      手塚明治はこの年新人で、巨人の控え三塁手だった。翌’50年にはレギュラーとなるが、’51年から’53年まではまた控え三塁手、’54年には再び三塁のレギュラーを奪取。大洋ホエールズに移籍した’55年には自身最多の123試合に出場した。巨人の三塁手は長嶋登場の’58年まではちょっと地味なポジションでありました。

                      ってことで、続きはまた明日。


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